『自転車日本一周19歳サバイバル記』西日本一周

日本一周

2022年2月 15万円のロードバイクを用意して部活も辞め、2ヶ月の春休み全てを使って西日本を一周した時の話。

今回は1人旅。1人は怖かったがやるしかない。あと半分で日本一周を制覇「日本一周」という響きだけを求めて旅に出る。

ルートざっくり、滋賀を出発し岡山からしまなみ海道で四国に入り、福岡経由で鹿児島まで、沖縄まで行き山陽を通って滋賀まで戻ってくる。

実際には以下のルートを53日かけて走破した。

滋賀→京都→大阪→兵庫→岡山→香川→愛媛→広島→山口→福岡→佐賀→熊本→鹿児島→沖縄→鹿児島→宮崎→大分→福岡→山口→島根→鳥取→兵庫→大阪→京都→滋賀

自転車に日本一周の看板を掲げて旅に出る。

一人旅する際は絶対に看板を掲げてください。確実に声かけてくれる回数が増えます。パンパンの荷物で自転車漕いでるのは怪しいので身分を明かすとGood。何かしら声かけるきっかけを作れるとパーフェクト。

実際たくさんの人に声をかけてもらった。特技が見つからなかったので恥を捨てて1発芸。声かけて欲しい気持ちとかけて欲しくない気持ちの半々だった。

冬の自転車は日中はバテない代わり夜が寒い。野宿する場合、夜はダウンを着て寝袋にホッカイロを足元に入れて寝るとあったかく寝れる。

旅中ずっと野宿で生活してきたが、声をかけてくれた方にゲストハウスを紹介される。九州以降は積極的にゲストハウスに泊まり、人と交流することが増える。ここで僕の旅が変化する。

特に沖縄のゲストハウスはナイスな場所がたくさんある。「ゆんたく」と言って宿の人たちでご飯を一緒に食べる文化が根強い。

旅の始まりはマジで不安で憂鬱、特に1人だと、「旅の意味」とか考え出す、理由付けしないといてもたってもいられなくなる、滋賀から大阪まで出る間に何度も引き返すか迷った。「日本一周」の響きだけで強くなれる気がした。

  • 瀬戸内海の島で一回転
  • 出会っていきなりバーベキュー
  • 大学の同期キッカワ参戦

瀬戸内海の島を繋ぐ橋、サイクリストの聖地と呼ばれるしまなみ海道で、誰も何もない坂道で気持ちよく走っていたら、何かに躓いて一回転。道のど真ん中で背中から転げ落ちて、タイヤも曲がって回らなり、完全に詰んだと思いながら道路にうずくまっていると、その時ちょうど通りかかった車が島の反対側に唯一ある知り合いのバイク屋を呼んでくれた。

そこから至れり尽くせりでコロッケやらジュースを出してくれて、タイヤはハンマーで叩いて直すという豪快な職人技を見せてくれた。「なんて優しい島なんだ、人の温かさが染みる…」と思っていたら、最後に、「じゃあ5000円」としっかり正規料金を請求された。島の人情、意外とシビアでした。貧乏旅の予算もハンマーで砕かれました。

沖縄から戻り宮崎を走っていたとき、車から大声で声をかけられる、止まって挨拶すると「おもろい!今からうちでバーベキューするから来い」と誘ってもらう。びっくりしたがせっかくだからついていく、話を聞いているとなんと5歳年上の自転車日本一周達成者でいろんな旅話で意気投合し、両親と弟、弟の友達も合流、みんなで大歓迎してくれて、美味しい食べ物とトークで大盛り上がり。

感動して「なぜ、見ず知らずの僕をもてなしてくれるんですか?」と聞いたら「自分が旅してたときもこうやってもてなしてくれた人たちがいた、その時の恩をまた次の人に循環させる」と熱い話も聞けた。僕も胸いっぱいになって最後盛り上げようと、日本一周中の看板に掲げた1発芸を披露、ちょっと変な空気になって、焦って2発目、3発目と繰り出し、やればやるほど状況は悪化した、責任を感じたのか、お父さんだけ笑ってくれて心が痛かった。僕のせいで恩の循環がストップしてしまった。

大学の同期の吉川が部活を辞め、途中から参戦してきた。彼はこのままでいいのか人生の道に迷っていたとのこと。

彼、マジで迷走してて。大分から遅れて合流してきたくせに、鹿児島で一瞬会った後はなぜか僕と逆方向に走り出して。福岡でまた合流して一緒に山陽を走るっていう、行程がもうめちゃくちゃ。途中、ノリで指宿までヒッチハイクしたり、2人で吉川の爺ちゃん家に転がり込んだりして、いわゆる「自分探しの旅」をしてた。

その結果、吉川は旅で憑き物が落ちたのか部活に復帰し、ボール拾いから始め、そのまま4年間やり通して「日本一」になった。いま冷静に考えたら、人生の道を踏み間違えて迷走してたの、完全に僕の方だった。

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