富山から東京までヒッチハイク

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先日富山の立山連峰に登ってきました。

東京から富山までは新幹線をしかも指定席で、その後も電車とバスとケーブルカーを乗り継いで何不自由なく金の力で解決してきました。
こんな旅行でいいのかと自問自答した結果、帰りは野宿からヒッチハイクすることが決まりました。

バスの予約が面倒だったのと、バス代が8000円。1日で帰ることができれば、実質1日働かなくてい。ヒッチハイクは仕事と同等である、さらに俺は芸人。芸人である以上何かエピソードを持って帰らなくては、とりあえず起こるかも、と言う淡い期待をしながら自分を洗脳しヒッチハイクを決め込む。

15時ごろ富山に戻り、飯を食べ温泉へ

休憩スペースに人がいない。静かでいい。受付のおばちゃんがやたらと絡んでくる。嬉しい。ちょうど良い田舎で、今まで千葉、福島、滋賀と住んできたけど、まじでちょうど良かった。最近東京に住み始めて人の多さにムカつくことに慣れ始めた。街に人が増えすぎている。

1日風呂キャンセルからの登山。その後の風呂は気持ちが良かった。文句を言うなら、富山の水道水が冷たすぎる。水風呂もシャワーも冷たすぎる。体冷やしたいのにそのままじゃ寒いから一度サウナを経由する、夏で暑いのにサウナはしんどかった。その分ストレスがチャージされ水風呂の気持ちよさは格別だった。

富山環水公園

寝床を探しに芝の公園に来た。ここにあるスタバはどうやら何かが世界一らしい。

調査によると2008年にスタバ社内のストアデザインアワードの最優秀賞を受賞したらしい。特にコメントすることもない。富山の観光地としてここはおすすめするな、富山に何もないと思われるぞ。

隣の公園でテントを張ろうとしたら怒られた。せっかく出したのに即撤収小さく詰めるの大変なんだよ。

力尽きたので、一旦休憩。富山の夜風は冷たくて気持ちがいい。芝もふわふわで人も少ない。鈴虫の音が心地いい、自然に敏感になっている。ちっさい野生に喜んでいる。

蚊に5箇所ほど刺されたので、別の公園に移動してテントを建てる。深夜1時にテントと寝袋をたたまずに持って移動、職務質問の格好の的。警察がいなくて良かった。

テントの中は落ち着く。外が涼しい分中は暑く感じた。夏の1人即席野宿はしたことなかったことに気づく。暑くて虫がいて寝にくい。冬の寒い中の方が好きかも。服を着込んで足元にホッカイロを入れて寝ると家くらい熟睡できる。間違いなくホテルより寝やすい。

翌朝:6時に目覚めてヒッチハイク開始。

朝からヒッチハイクで捕まるわけがないと、頭の片隅で考えながら、やることもないので親指を立てる。

東京に戻る日は上越に戻り、そこから長野方面に向かう必要がある。目をつけたのが国道8号線。富山から新潟を繋ぐ、でっかい道路。歩きながら、車が来るたびヒッチハイクし8号線へ流れて行く。

誰も何も捕まらず、止まってくれる人すらおらず8号線に歩いて到着。そのまま2時間、上越方向にヒッチハイクしながら歩いて流れて行く、歩いて着くはずもなくいい感じの場所も見当たらない。当然ではある、朝8時の出勤途中にヒッチハイクを拾う奴なんているはずもない、車の交通量は申し分ない。ただタイミングを間違えすぎている。それも分かっている。でもそれ以外やることもないんだ。

8時過ぎ1台の車が止まってくれた。50代の主婦。ありがたい、冷房の効いた車内は天国だった。1度見かけ、車を止める場所がなかったため戻ってきてくれたらしい。

マシンガントークを聞き続け、高速道路のサービスエリアに降ろしてもらう。同じ話ばかりしていた、俺自身、特に気の利いたことも言えず合いの手で盛り上げるだけ、悔しかった。お土産までもらった。ちなみに家とは全く関係ない方向に走ってくれていたらしい、とても面倒見のいい優しい方だった。

9:00 有磯海SA(上り)到着

30分ほどヒッチハイクしていると、同年代くらいの人に声をかけられ、「ヒッチハイクですか?頑張ってください」と声をかけられ、2000円を貰った。その後年齢を聞かれ24と答えると「頑張って」と言われ、そのまま目の前の道路の修理に加わった。工事現場の人だった、もっと話したかったのに仕事してたら話しかけづらい。24と言ったあとすぐばを離れたのは、俺が年上だったから?もう大学生でもない。無名の芸人はフリーター同然、「俺何やってんの?」が頭の中を駆け巡る。毎回「暇だし、家にいるよりいいっしょ」もう1人の自分が返答する。

2時間ほど粘っていると、通りかかったおじさんに「ここ上りのSAだよ」と言われる。そんなこと分かっている。俺は東京に行きたいと説明する。どうやら富山での上りは、大阪行きらしい。灼熱の中意味ない2時間を過ごしてしまった。誰も上越方面に行かない車の前でヒッチハイクをし続けていた。そうなるとあの2000円は本当になんだったのか、絶対上越には行かないのに、スケッチブックの指摘してくれよ。考えすぎか。煽るのに2000円を渡すのは高度すぎる。

上りの車に乗って1度関西方面に行き東京に戻るルートも考えたが、流石に大回りすぎるので、下りのSAに移動する。上りと下りのSAは近くにあることが多いが、ここ有磯海のSAは徒歩で1時間離れた場所にある。仕方なく徒歩で移動しながらヒッチハイクを目指す。

車は数台しか通らず、ヒッチハイクなどできず灼熱の中1時間歩く。

11:00 有磯海SA(下り:新潟方面)到着

ここから2時間ヒッチハイクするも誰も捕まらない。ようやく1台の車が目の前に止まった。俺は一瞬、躊躇した。理由は、激し目のイタ車だったからだ。車のこだわりが強そうで、もし汚してしまったらとんでもないことになる可能性もある。しかし2時間灼熱の中でヒッチハイクしていたのもあり乗せていただくことにした。選べる立場にないのも分かっているが、キレられたくはないので慎重になる。

この車のオーナーは気さくで、年齢も近く楽しい時間を過ごせた。富山の有磯海から長野県の小布施SAまで乗せていただいた。普段関わらないような人とも車内でしっかり話せるのがヒッチハイクの楽しいところだ。

14:30・長野県 小布施SA到着

この時間帯になると車も増えてきて、予定を済ました人が多くなるため希望が見えてきた。

ここから90分話しかけてくれる人や応援してくれる方は数人いたが、仕事の車であったり車内に空きがないなど難しい状況が続く。

17時前ごろ、1台の黒い車がやたらパッシングしながら止まる。さっきのイタ車のオーナーだ。驚いた。どうやら実家が小布施付近にあり、倉庫に車を置いて通勤車で自宅の松本市に帰るらしい。イタ車の保管のために2拠点を行き来しているらしい。本当は群馬方面に行きたかったが、せっかくなので乗せてもらう。

17:30 長野県梓川SAに到着

このSAは山梨と名古屋方面に向かう車の分岐点。ほぼ名古屋ナンバーで名古屋に帰って行く車ばかりだった。今日中に帰れるか焦っていたところ、下の看板を目にする。

この日は8/25なので何も問題ないのだが、夜間通行止めの文字だけを認識して、夜になると山梨方面の車が通れないと勘違いしてしまう。SAで野宿するわけにも行かないので下道に降りるためヒッチハイクをする。

近くの松本方面を目指す。

1時間ほどでヒッチハイクに成功。塩尻まで乗せていただいた。

19:00 ここから、諏訪、甲府方面を目指す。

ここで1時間ほどヒッチハイクするが時間だけがすぎて行く。道路も狭く、車がビュンビュン過ぎ去って行く。道も暗くなり、スケッチブックの文字も見えなくなり、俺自身も車から見えにくく目の前ギリギリを通過して行く。

モチベーションが低下して行く、汗だくで早く家に帰りたい。気づいたら塩尻から池袋までの終電を調べていた。終電20:20。10分後の電車に向かい走って塩尻駅で9000円を払って新宿行きの特急電車に乗っていた。

初日の夜行バスで帰っていれば8000円で確実に帰れた。俺は丸1日使って、人の車を乗り継いで、重い荷物で汗だくになり9000円払って電車で家まで帰った。情けない。

田舎でヒッチハイクは難易度が高かった。24でこんなことをやっているのもどうかと思った。年相応の行動をしようとも思った。こんなこと思っても、多分すぐ忘れる。

以上。富山〜塩尻ヒッチハイクでした。

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